たまたま7月上旬ということで、福岡はちょうど山笠のシーズンでした。福岡に限らずまともにお祭りというものに参加した記憶がありませんが、市内には飾り山笠が展示され自由に見学できるようですのでせっかくなので見てまわりました。

結果的に、常設展示を含め、飾り山笠5本、舁き山笠1本の合計6本を見ることができました。

八番山笠 上川端通

阿吽金剛力士像(あうんこんごうりきしぞう)

表標題は金剛力士像です。「平安末期、平家による南部焼き討ちがあり、東大寺(大仏殿・大仏)、南大門(金剛力士像)は甚大な被害を被り焼けました。重源上人というお坊さんがこれを悲しみ自ら先頭に立ち全国で寄付金を集め東大寺の復興事業を行い、現在の金剛力士像はこの復興事業によって再建されたということです。」そんな金剛力士像を題材にしています。

2020年12月に本物を見たばかりでしたので印象に残っていました。筋肉のもりもり具合が実際とは異なり多少違和感がありますが、これは人形師さんのテクニックの話ではなく、

奈良時代当時に作られた金剛力士像を忠実に再現しているのがよく分かります。

風雷あかちょこべ之縁起(ふうらいあかちょこべのえんぎ)

見返り表題は、風神雷神でした。櫛田神社拝殿の破風にある風神雷神はあっかんべー(あかちょこべ)をしているということです。そこまで見てなかったです・・・

うーん、ちょっとよく分からない・・・

八番山笠 上川端通(令和元年)

川端ぜんざい広場にはちょっと前の飾り山笠が展示されていました。2年前のもののようです。確かに毎年作って解体しちゃうのは勿体無いですからね。

神武東征誉(じんむとうせいのほまれ)

日本神話において初代天皇カムヤマトイワレビコ(神武天皇)が日向を発ち多大な試練と苦難を経て大和を征服した時の模様ということです。後光がバロック装飾に通じるものがあります。

十五番山笠 キャナルシティ博多

非常にお金のかかっていそうな立派な山笠です。展示箇所はキャナルシティのステージのようなところで、噴水と合わせてショーのようになっていました。

源平合戦碇知盛(げんぺいかっせんいかりとももり)

表標題は、源平合戦ということで「壇ノ浦の戦い」の部分でしょうかね。一番上は、おそらく安徳天皇、2020年10月に訪れましたが、壇ノ浦での平家の敗戦で、海に身を投げたということで、左下の赤間神宮(の前身は阿弥陀寺という仏式の寺院)に祀られています。赤間神宮には平家一門の塚もあり所縁の場所となっています。真ん中で碇(いかり)を持っているのが知盛、他は、、、どれが義経だろう・・・

下関観光 〜赤間神宮〜

 

見返り側も、そしてサイドも、、、どさくさに紛れでアマビエが、、、かなり立派でした。

十六番 川端中央街

時今本能寺(ときはいまほんのうじ)

川端通りの北の方に展示されていました。戦国時代はまた今度、、、

右上が織田信長、左下が明智光秀ということです。中央は森蘭丸という信長の側近で、本能寺の変で健闘するものの信長に槍で傷を負わせた明智配下の安田国継(天野源右衛門、右下)によって討ち取られた。享年18ということです。左上はよく分かりませんが、主役は森蘭丸なところが何かしらの意図がありそうです。

番外 櫛田神社

櫛田神社には山笠が常設されています。最後に立ち寄ってみました。

表標題は、神武東征肇国誉(じんむとうせいけいこくのほまれ)ということで八番山笠の令和元年のに近い感じでした。

神話 稻羽之素菟(しんわ いなばのしろうさぎ)

見返り標題は「神話 稲羽之素菟」ということで、因幡の白兎?と思いましたが、古事記では実際この記載のようですね。素菟(しろうさぎ)は毛のないウサギを意味するということで色が白いウサギという話ではないようです。

ちなみにその神話も、耳なし芳一に続きおぼろげですので、ちょっと見返ってみました。

八十神(やそがみ)は、稲羽の八上比賣(やがみひめ)に求婚したいと思い、稲羽(いなば)に出掛けた時、兄弟である大國主の命に袋を持たせ、従者のように引き連れた。

1匹の兎が泣き伏していると、大國主の命がその兎を見て「何だって泣き伏しているのですか」と尋ね、兎が言うには、「鳥取の沖合にある淤岐之島(おきのしま)から本土に渡りたいと思っていたけれども渡るすべがなく、海の鰐(ワニ)をだまして、「私とあなたのどちらの一族が多いか競べて見ましょう。あなたは一族を連れて来てこの島からケタの埼まで皆並びなさい。私はその上を飛んで勘定して、私の一族とどちらが多いかを知りましょう」と言い、私はその上を飛んで渡って降りる時に、「お前は私に欺(だま)された」と言うか言わない時に、一番端にいた鰐が私を捕まえてすっかり皮を剥いでしまいました。

それで困って泣いて悲しんでいたところ、先においでになった八十神が、「海水を浴びて風に当たって寢ておれ」とお教えになったの、その通りにしましたところすっかり体を壊しました」といいました。

そこで大國主の命は、その兎に「急いであの水門に行って、水で体を洗って、その水門の蒲の花粉を取って、敷き散らしてその上に転がり回ったなら、お前の身はもとのように治るだろう」とお教えになりました。その通りにしましたら、その身はもとの通りになりました。

その兎は「八十神は八上比賣を絶対に得ることはできません」と大國主の命に言いました。そのとおり、八上比賣は八十神に「あなたたちの言うことは聞かない」とはねつけ、大國主の命に「袋を背負われるあなた様が、私を自分のものにしてください」と言ったため、今では兎神とされる。

これは結構ツッコミどころが多いですね。

まずは、ワニに関して爬虫類のワニは日本近海にはいないですし、基本的に淡水種ですので、現地の方言でワニというサメではないかという説が有効ということで、実際この山笠でもサメが描かれています。そして、このウサギは渡り終わったとしても「お前は騙された」なんて、なぜ余計なことを言ったんでしょうか。言うメリットは何もなく、いずれ島に戻りたくなった時なども同じ手段が使える可能性もあるのに・・・口は災いの元です。そして、大勢の神様(八十神)の意地悪なこと、これはまた目的が分からないです。最後の部分で、兎が言ったから神になったというも、、、この兎が関係を取り持ったのであれば分かりますが・・・

で、その神話を当てはめてみると、一番上のお姫様が、八上比賣なのでしょう。そしてその下にはサメの上をジャンプしているウサギの描画があります。中央左で笑っている2人の神様が意地悪な八十神で、右には、ワニの返り討ちを受けた痛々しい兎がいます。一番下の袋を持っているのが大國主の命ですかね。蒲の穂があっても良さそうですが見当たりません。

傷に塩はしみるでしょう、治ってよかったですね。

舁き山笠

福岡市博物館では、博物館のために特別につくられた舁き山「軍師官兵衛之勲」が展示されていました。飾り山笠と舁き山笠(かきやまかさ)は別物だと初めて知りました。

まとめ

今回の滞在では、飾り山笠5本、舁き山笠1本を見ることができました。他の地域ではなかなか見られないお祭りの装備?道具?かと思います。このうちのいくつか(櫛田神社、川端ぜんざい広場、福岡市博物館)は常設展示ということで、山笠のシーズンでなくても見られるかと思います。

実際2018年1月に訪れた時、櫛田神社では展示されておりその時は、↓ 武士がいっぱいいました。今年は、人が集まる行事は、催行されなかったと言うことで、いつかまた活気のある催行を楽しみにしています。

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