吉塚うなぎ、川端ぜんざいを堪能した後は、金印を見に福岡市博物館に向かいました。福岡には福岡国立博物館もありますので間違えないようにご注意ください。金印があるのは「福岡市博物館(Fukuoka City Museum)」になります。

立地

福岡市博物館は、若干不便なところにあります。地下鉄の最寄駅は西新ですがそこから徒歩15分ほどかかります。私たちが訪れた日は雨も降っていたので、より近くまで行けるルート、バスで博物館北口まで乗り付けました。そこからは徒歩5分くらいです。

ちなみに、福岡国立博物館はもっと不便で太宰府にあります。間違ってそっちに行ってしまった場合は、太宰府天満宮と表参道の梅枝餅をお楽しみください。

館内

検温、消毒を行って入場した先には立派な大階段が。展示は、常設展、企画展、特別展とありますが会場は全て2階になります。エレベーターで上がることも可能ですが、登り降りしたくなる階段です。実際、私たちもこの階段を利用しま上がりました、他のゲストもこの階段を使っている方が多かったですね。

中央部分は吹き抜けになっており大空間が広がります。久能山東照宮のお宝はちょっと興味がありましたが、7/16〜9/5ということでまだ開始しておらず残念です。

常設展示

基本的には、時代の順に、福岡周辺の縄文時代から現代に至るまでの当地の役割や歴史に関する展示が行われています。

Map1 : 金印の世界

ただ、1発目はこのインパクトのある金印です。入場したスペースは福岡の立地を紹介する映像が流れていますが、そこから真っ暗な展示会場になります、これが強調なしの明るさです。

中央に小さなスポットライトが当たっている部分があります。そしてこれがお目当ての金印です。なんの説明もなく、いきなりの登場で心の準備が・・・これが狙った演出なのでしょう。

西暦57年に漢(今の中国)の皇帝が当時の日本の支配者に贈ったとされる印章「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」です。当時大陸で世界有数の有力国家であった漢が、異民族の王にも官位と印綬を与えることによって、自国皇帝を頂点とする秩序に組み入れようとしたという政策の観点で送ったと思われています。非常にきれいに残っているものですね〜。

これが江戸時代の1784年に福岡市の沖合にある志賀島(しかのしま)で発見されたと言うことです。フチに凹みなどあり結構柔らかそうな印象ですが、これだけ綺麗な形で、2000年近く維持されているのは奇跡ですね。島の農民が農作業中に見つけたと言うことですが、実際の発見者も訂正されていたり、(島で見つかったのは確かなようですが)実際の発見場所も推定のようです。周囲には巨石があり、埋納品として埋められたと言う説が有力のようですが、その意図もよく分かっていないということです。

若干上から、そしてつまみの部分が、蛇がトグロを巻いているのが見えます。つまみの穴には紫色の紐が通されていたと言うことです。一度は次のコーナーに行きましたが、金印の説明を聞いて戻ってきました。そういうことができるのも空いている今の時期だからこそです。本来は結構な人だかりと思うのですが、コロナ禍で悪天候のためか全然人がいませんでした。

印面部分は鏡に反射させて見えるようになっています。漢委奴国王の文字が見えます。今の感覚だと朱肉の赤が付いてないのか?とか気になりますが、昔の印章は親書の送付において粘土を用いた封印に使っていたということです。

その先には、印章の説明が。演出のために順番を逆にしているんでしょうね。この漢委奴国王印以外にも色々あります。皇帝は翡翠などの石、皇帝以外に送られる印章には金・銀・銅があり、金はその中で最も位が高かったということです。で、倭奴国はそれなりに重要視されていたと考えられますが、そうした思考が当時の中国の権威に取り込む策略にはまっているようで危ないですね。それが、田んぼにぽいっとされていたのであれば、倭の国王は大したものと言えますが、ちゃんと埋納されていたということでぽいっとしたわけではないようです。

一番右側が印章を使った封印の例ですね。入れ物を紐で閉じて、その結び目を粘土で封印することで、内包物が正当、入れ替えられていないことを証明するようです、なるほど。

中国の歴史書によると少なくとももう一回金印が送られたことが記されていますということです。西暦239年に、邪馬台国の国王卑弥呼が貢物を送ったことに対して授けられた「親魏倭王の金印」ですが、その金印は見つかっていません。邪馬台国自体の位置すら九州説と畿内説で特定できておらず、この印章が見つかったところが有力と言うことです。うーん、ロマンですね。

コーナー

Map 1でインパクトのある金印を見て今回の目的は達成、すでに満足ですが、この後は、時代ごとのコーナーで分かれています。Map 2以降は、こんな感じで時代順に、一般的な博物館展示に近い形で展示されています。後半に連れて写真不可が多くなり記録は残っておらず残念です。これ以降は特に個人的に気になった部分を紹介します。

Map 4 : 鴻臚館の時代

九州の一つの特徴としては、金印にも関係しますがやはり大陸に近かったと言うことで遣唐使(遣隋使、遣新羅使)などの外交の拠点となっていたところが特徴的です。

その中で、遣唐使船の模型展示がありました。2020年12月の奈良ツアー朱雀門の前に同様の展示がありましたが、バスの車窓からの見学でさっと過ぎてしまいましたのでここで細かく見られてよかったです。当時の船は、海を渡る成功率は50%程度と考えられているようです。重心を低く保ちたいところでしょうが、当時はエンジンなどないですし、帆船で重心が高くなりがち、瓦屋根も木にしたいとも思いますが、奈良の再現も同じような構造にも見え瓦である必然があるのでしょうか???ちょっと大きな波があるとひっくり返っちゃいそうですね。

また、そうした船の発着所として、今の福岡城の位置には鴻臚館(こうろかん)という使節を迎える迎賓館兼宿泊所が作られ、海外使節はまず鴻臚館に入館して、大宰府や都へ上ることとなっていたということです。鴻臚館と太宰府は一本の直線の道路が作られていたということで、非常に重要な位置付けだったのかと思われます。

2020年10月の宮島の旅で、空海が宮島で修行したのがきっかけで大聖院ができ、その修行で焚いた火が、依然として灯され続けているというのを知りましたが、それも、唐から帰国後に、勝手に派遣期間短縮したことから上京を認められず太宰府を中心に足止めされていたことが影響しており、空海の行動を辿る理解も深まりました。

Map 9 : 現代の福岡

1989年にはアジア太平洋博覧会が開催され、この福岡市博物館はその時に作られた展示会場の1つということのようです。福岡タワーもこのときにできたようです、レガシーとして残ってるのはそのくらいでしょうか。福岡タワーの周辺は現状テレビ局やオフィスビル、マンションになっていますし、残りの部分は結構変わっちゃってる感じでしょうか。

ここを観賞したあとは、福岡タワーを掠めて再びバス停に向かおうと思っていますが、変わり具合を確認しつつ戻りたいと思います。多少辺鄙な立地の理由も分かった気がします。

Map 11 : 山笠の世界

最後には山笠の独立したコーナーがありました。やはり山笠は1つのコーナーが常設されるほど福岡の文化として重要ということなんでしょうね。天井までの高さが限られるので、ここのは飾り山笠ではなく、舁き山笠ということです。

福岡の歴史、文化の理解が進んだように思います。

企画展示

大階段に垂れ幕がかかっていたので、「徳川家久能山東照宮の国宝展」が企画展かと思いましたが、そちらは特別展でした。期間もちょっとずれており見学は叶いませんでした。それと別に企画展として、黒田家名宝展示が開催されていました。

入寮場は、常設展と企画展が共通で200円ということで大変リーズナブルです。

黒田家名宝展示 -官兵衛ゆかりの資料展示-

福岡藩主である黒田家に伝来した黒田家資料の展示でした。もともと、「金印」自体も、黒田家から寄贈を受けたものということです。企画展示では、期間を区切って、それら大量のコレクションを一部づつ展示しているようです。

名鎗 日本号

その中で、特に有名で、期間を通して展示されているのが、黒田節でおなじみ?の名鎗「日本号」ということでした。黒田節???は知りませんでしたが福岡の民謡のようです。で、槍自体は、柄を含めた総長が321.5㎝,刃の長さ79.2㎝ 室町時代に作られたものということです。刃の根本部分の装飾も、鞘、柄の部分の螺鈿細工も綺麗でした。

他にも色々ありましたがあまり記憶にも記録にも残っていません。

福岡市博物館周辺散歩

アジア太平洋博覧会で整備された地区ということで、その当時の福岡タワーに続く道を通ってみました。今はサザエさん通という名前になっているようですがなぜサザエさんなのかは不明です。サザエさんというと東京の桜新町の印象が強いです。

福岡タワーまでの近くまでやってきました。

展望台は120m位ということで、そんなに高いわけではないですが、福岡は空港の高さ制限(制限表面)があり周辺には高層ビルが少なく眺めは良さそうです。ただ、今回は天気もあまり良くないのでパスして天神方面に戻ることにします。

まとめ

過去2回福岡には来ていましたが、1回は太宰府天満宮、住吉大社などでの初詣が目的、もう1回は短時間で食事の時間くらいしか取れず、こうした文化施設を訪れる機会はありませんでした。今回は、梅雨の雨天の天候ということもあり、屋内で見学できる福岡市博物館に金印を見に行ってきました。

常設展示会場に入り一番最初にそのお目当ての金印で、唐突な登場が印象的でした。そしてコロナ禍ということもありゲストはまばら、ゆっくり見学することができました。金印以外では、去年の宮島で知った空海の遣唐使派遣の出入国の実際の船や鴻臚館の立地、機能、実際の建築物としてリアルなイメージが分かり大変有意義でした。あとは、この博物館周辺の立地があまり便が良いといえる場所ではありませんが、アジア太平洋博覧会をきっかけに開発されたということがその理由がよく分かりました。

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